亜沙美の「有坂さんを狙ってます」発言に、ア然とする。なぜなら私も、密かに彼を好きだから。
業務チームのなかにもペアがあり、私は有坂さんと組んでいる。4歳年上の彼は、仕事ができ将来を期待された人。一緒に営業まわりをしたり、企画の立案を練ったりと、仕事を教えてもらったりしているうちに恋に落ちていた。
優しくて誠実で、思いやりがある有坂さんを、亜沙美が狙っているなんて……。
「向井どうした? 眉間にシワが寄ってるぞ?」
有坂さんは笑顔で目を細めながら、私に声をかけてきた。
「えっ? 私、そんな顔をしてました?」
おずおず尋ねると、有坂さんは小さく頷く。その彼の半歩後ろから、亜沙美が恨めしそうに睨んでいた。きっと、私たちが会話をしているのが気に入らないのだろうけど、こればかりは私だって譲れない。
「してた。向井は笑顔が似合うから、ここにシワは作るなよ」
彼にとっては、なにげない行動だろうけど、私はドキッとしてしまう。言葉を返せずにいると、有坂さんは「また後で」と私たちに言い、部長と店の奥へ進んだ。すると、亜沙美が目を吊り上げ席へ戻ってきた。
「ちょっと先輩、邪魔しないでくれます?」
「なにもしてないじゃない」
ときめいた気持ちを悟られたくなくて、少しムキになってしまった。
「先輩が変にこっちを見るからでしょ? まさか、有坂さんを狙ってます?」
亜沙美は、身を乗りださんばかりだ。
「違うって。全然好きじゃない」
思わず出た言葉に、胸がズキッと痛む。誤魔化したかったとはいえ、有坂さんへの想いを否定するのは、辛いんだと改めて感じた。
昼休憩が終わり、職場へ戻る道すがらに、沙羅がボソッと呟いた。
「私も有坂さんを狙ってみようかな」
「えっ?」
と、反応したのが私だけなのは、亜沙美も由依も先を歩いているから。
「沙羅も有坂さんが好きなの?」
内心は緊張しながら問いかけると、沙羅は私を半分小馬鹿にしたような目で見た。
「奈々子ってさ、なんでいつも”好き”に結びつくわけ?」
「どういう意味?」
さすがにムッとした私は、沙羅を眉間にシワを寄せて見た。
「狙う=好きって、どんだけ子どもよ。私は、有坂さんと割り切った付き合いをしたいだけ」
端々に言葉のトゲを感じながら、彼女を睨みつけた。
「束縛し合う関係とかキライだし、いい男と寝たいだけなの。亜沙美に先を越される前に、アプローチしちゃお」
フンと鼻で笑った沙羅は、
「たまには、奈々子も女らしい部分を見せたら?」
と言ってきた。だけど、沙羅の言う女らしさなんて、全然分からない。色気で迫れということ?それなら、私はお断りだ。
「私には、そういうの無理……」
と言うと、沙羅は私を見下すように横目で見た。
「だろうね。奈々子は、胸に秘めた想いをいつかは気付いてみたいな、夢見る乙女だもんね」
沙羅の言葉に、私は言い返すこともできないほど、腹立たしさと呆れた気持ちでいっぱいだった。


花音莉亜
ライター